もみじの本屋 ●タ行の作家

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




スポンサー広告 トラックバック:- コメント:-

『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』

ゴースト≠ノイズ(リダクション)
『ゴースト≠ノイズ(リダクション)』 (創元推理文庫)
著:十市社


高校である失敗をしてしまい、クラスメイトから幽霊として扱われる一居士架(いちこじ かける)
家の火事で架は死んでしまったのだという。
そして時折襲ってくるノイズで周りの音も聞こえなくなる。

あるとき突然、クラスメイトの一人玖波高町(くば たかまち)に話しかけられる。
これまで誰にも見向きもされなかった架に、大きな変化が起こり始める。

最後まで、結末がどう転ぶのかハラハラしながら読んだ。
読んでいて、たしか円居挽のルヴォワールシリーズだったと思うのだが、そこで書かれていた「真相は作者の匙加減次第」という言葉を思い出した。

ロジックの見事さや、あざやかな手品のような謎と謎解きはミステリの醍醐味だが、このハラハラ感もまたミステリの醍醐味なのだと久しぶりに感じさせてくれた本である。





スポンサーサイト




●タ行の作家 トラックバック:0 コメント:0
コミュニティ( 本・雑誌 | 推理小説・ミステリー

『バターはどこへ溶けた?』

バターはどこへ溶けた?『バターはどこへ溶けた? Where Has My Butter Gone ?』 (道出版)
著:ディーン・リップルウッド 絵:吉沢深雪

始めに和尚の語りがあるように、内容に仏教的な思想を色濃く感じる。
内容は二匹のネコ(タマとミケ)と二匹のキツネ(マイケルとジョニー)がバターを探す話である。
バターはネコとキツネにとって一番のごちそう、感心ごとである。
寓話的であり、明らかにネコもキツネもバターも比喩的に用いられている。

普通に読むとバターを「お金、名声、権力」などと置き換えて読みたくなるが、少し幅を広げて「バター=幸せ」として読んだ。
そして思ったのが、幸せを追い求めることは実は不安や恐怖を追い求めることであり、幸せとはすでにあるものを見つめることなのだなあということ。

ただ読み方によっては夢や目標などに向かって努力するということに対し否定的であるので、それはなんだか違う気もするなあとも思った。

気軽に気楽に読めるのに、自分の生き方について考えさせられる本であり、また読み終えるとなんだか落ちついた気持ちになれる本である。




【Read More】




●タ行の作家 トラックバック:1 コメント:0
コミュニティ( 本・雑誌 | ブックレビュー

『グッドラックららばい』

グッドラックららばい『グッドラックららばい』 (講談社文庫)
著:平安寿子

母親が家出。しかし父親も姉もまったく動じず、妹の立子だけが泣き、起こっている。
我が道を行く片岡一家4人。その4人を中心に、その家族に関係してくる多くの人たちが織りなす物語。

なにがおもしろいかというと、片岡家のわがままとも思えるほどのマイペースさである。
読み始めて、あまりにマイペースな家族に対して、それでいいのかと疑念を抱いてしまったが、さらに読み進めていくとだんだんとそのマイペースさがツボにはまっていく。
家族の飄々としたそのマイペースさと、それにたじたじになってしまう周りの人たちとのやりとりに思わず笑ってしまう。

中でも個人的に好きな場面は、第二章後半の父親と及川とのやりとりや第五章のラストの立子と寺田佳江との電話でのやりとり、あと第六章の綺羅と片岡家のやりとりである。

読み終えて、たとえ家族でも自分は自分、人は人とあたりまえのことを再認識させられた。


amazonのレビューを見るbk1のレビューを見る




●タ行の作家 トラックバック:0 コメント:0
コミュニティ( 本・雑誌 | ブックレビュー

『[新世界] 透明標本』

透明標本『[新世界] 透明標本』
著:冨田伊織 (小学館)

透明標本は「『筋肉を透明化し、軟骨を青く、硬骨を赤く染色する』という、骨格研究の手法 (本文より)」なのだそうだ。

書店で見かけ、この本を手に取ったとき表紙の鳥の骨格をイラストか何かだと思った。しかし、説明を読んでみると実際の鳥を標本にしたものであった。
そして中を見てみてその美しさに息をのんだ。透明感のある色、骨格の緻密さと、標本になってなお感じられる動物の動き。

おなじ脊椎動物なのだから当たり前なのだが、魚類も両生類も爬虫類も鳥類も哺乳類も似たような骨の構造をしていることに、改めて驚かされる。もちろん、骨学的には(鳥類と哺乳類で指骨(趾骨)の数が違ったり)多々違いはあるだろうが、例えばカエルとトリとネズミの外見は全く違うのに頭蓋骨があり、椎骨があり、上腕骨や前腕骨がありといったように基本的な構造はやはりそっくりである。

この本は生々しいはずの生物をとても無機的に見せてくれ、色や構図などもとても芸術的である。
しかし、もちろん標本として登場する動物たちにも以前は生があり、他の生命を食べて生きていたという事実はある。それを感じさせてくれるのがヤマカガシがカエルを丸飲みにしている標本の写真である。

綺麗なだけの写真集に終わらず、生が確かにそこにあったことを感じさせ、考えさせてもくれる一冊である。
ただ、動きを出すためにわざとなのであろうが骨格をぼかしてあるところも多く、細かな骨格の勉強にはあまり使えないかもしれない。しかし、ある程度知識があれば、逆に鳥の癒合鎖骨がきれいに見えるなとか、そういった視点からも楽しめるのではないだろうか。

いろいろな意味で興味深い一冊である。




●タ行の作家 トラックバック:0 コメント:0
コミュニティ( 本・雑誌 | 本の紹介

『二十歳の原点』

二十歳の原点『二十歳の原点』 (新潮文庫)
著:高野悦子

この本は、1969年立命館大学文学部史学科の3回生だった高野悦子の大学生活の日記である。そして、当時確かに生きていた彼女が鉄道自殺をするまでの日記である。

学園闘争高揚期、いわゆる全共闘時代。今となっては、想像もし難い時代である。だから、その時代背景から日記を紐解くことはおそらく難しいだろう。
しかし、日記から伝わってくる「孤独」や「未熟さ」などに共感することはできる。また、この日記を読むことで、自分自身を見つめ直すきっかけを見つけることもできる。

彼女の死後、日記という形で、これまで多くの人たち影響を与えてきた。それは、もちろん彼女が自殺したということも関係しているであろうが、それ以上に彼女の文章力、そして感性のすごさによるものだろう。たとえば最後の詩など、とても感銘を受ける。

そんな彼女の言葉を掬うてみることは意義のあることである。
特に高野悦子が日記を書いていた二十歳という年代、その年代の人にこの本を読んでみてほしい。きっと何か得るものがあるだろう。

ここからは余談になるが、読んでいる最中彼女の勢いのある文章に、『谷中村滅亡史』を書き上げた荒畑寒村が重なった。
そういえば、荒畑寒村が『谷中村滅亡史』を一気呵成に書き上げたのも確か二十歳の頃だったと記憶している。
二十歳の頃というのは、そういった文章をかくにふさわしい時期なのかもしれない。

(関連書籍)
『二十歳の原点序章』 高野悦子 (新潮文庫) - 絶版 -
『二十歳の原点ノート』 高野悦子 (新潮文庫) - 絶版 -




●タ行の作家 トラックバック:0 コメント:4

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。