もみじの本屋   いしいしんじ

『絵描きの植田さん』

絵描きの植田さん『絵描きの植田さん』 (新潮文庫)
著:いしいしんじ 画:植田真

絵描きの植田さんは、火事で耳がほとんど聞こえなくなり、彼女も失った。
都会から遠く離れ、高原の一軒家にひっこした植田さん。

菜園をひとりで守るオシダさん、元スケート選手の定食屋のおかみさん、「向こう側」からやってきた林イルマ、メリ親子、いろいろな人たちと植田さんは触れ合っていく。

氷の張った湖でメリとスケートをしたり、オシダさんとメリと3人で奥山の沢の「ばけもの」を見に行ったり、ひっそりと守られてきた夜の火祭り、いろいろなことを植田さんは体験していく。

冬に凍り付いた雪が、ゆっくりと、だけど確実に溶けていく春の雪解けのような物語。
読んでいると、やさしく、やわらかく包んでくれる一冊。






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コミュニティ( 本・雑誌 | ブックレビュー

『トリツカレ男』

トリツカレ男『トリツカレ男』 (新潮文庫)
著:いしいしんじ

主人公のジュゼッペ、彼こそがトリツカレ男である。
本当にさまざまなモノにとりつかれる。
オペラに三段跳び、探偵ごっこ、昆虫採集、外国語の通信教育、なぞなぞ、カメラ集め、潮干狩り、腹筋に背筋、誰もみたことがないほどばかでっかい雪だるまづくり、ナッツ投げ、そしてハツカネズミの飼育などなど。
ハツカネズミの飼育をしてたとき、ジュゼッペは親においていかれた人間の言葉をしゃべるハツカネズミと知り合い、親友のような、相棒のような、とてもいいパートナーになる。

一度とりつかれたら、一心不乱にそれに熱中、他のことは一切気が向かなくなる。
そして誰も敵わないくらいすごくなる。
そんな調子だから街のみんなもあきれて、ばかなトリツカレ男なんていわれるけど、でもみんなそんな彼を楽しみにしていて、実はすごく人気者なのだ。

ある秋の日、サンドイッチづくりにとりつかれていたジュゼッペは、サンドイッチをもってハツカネズミと公園に散歩に出かけるのだが、そこでまたとりつかれてしまう。
とりつかれてたのは風船売りの女のこ。
とにかくその女のこのためにいろいろなことをしてあげる。
女のこの笑顔に灰色のくすみを見つけると、ハツカネズミにたのんでその原因を探ってきてもらい、そして陰で解決してあげる。

この本のレビューをいろいろ読んで、純愛とかピュアなラブストーリーとかいろいろ書いてあったけど、その女のこのために尽くしてあげるその姿はまさに純粋な愛かもしれない。
そんななかおもしろいなと思ったのは「今までにはないタイプの、極上の王子様像。」という評。これはなるほどなって思った。
でも、この物語はジャンルで分けるならラブストーリーではないだろう。
いいジャンルを思いつかないがもっとさらりとした、それでいてやさしいジャンル。
だからラブストーリーがあまり好きでない人でもきっと楽しめる本。

シンプルな展開が心地よく、終盤はストレートに胸をうつ。
とてもおすすめの一冊なので是非読んでみてほしい。

(TBさせてもらった記事)
→ ◎「トリツカレ男」 いしいしんじ ビリケン出版 1365円 2001/10(「本のことども」by聖月)
→ いしいしんじ【トリツカレ男】(ぱんどら日記)
→ トリツカレ男      ~いしい しんじ~(My Favorite Books)


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『雪屋のロッスさん』

雪屋のロッスさん『雪屋のロッスさん』 (メディアファクトリー)
著:いしいしんじ

「ダ・ヴィンチ」で連載していた「本当のしごと」がまとめられた本。
30もの、短くて心に響く物語。

ときに幸せな結末、ときに救われない結末、ときに不思議な結末、読んでいて、まるで童話のようだななんて思った。
舞台もさまざま、名前もさまざま、登場人物もさまざま、だけど共通していることがある。

それは、どの主人公も何かしら抱えてそこにいるということ。
それはうまれた時から背負っているもの、うまれる前から背負っているもの、ある出来事をきっかけに背負ってしまったもの。
それは物語の中の人や動物や物たちだけでなく、読者ひとりひとりもそうであり、この本の物語はそんな部分にうったえかけてくるような気がする。

どの話も印象的だったのだけど、とくに印象深かったものをいくつか紹介する。

「象使いのアミタラさん」
当代一と謳われた象使いのアミタラさんは、じつは象からうまれたと噂されるほど、象と通じ合えるのだ。
インタビューでは「象を使うとき、わたしは、ずいぶん『ぞうになっている』のです」という。そして「『象は象』です。当たり前のようですが、これを知ることがなにより肝心なのです。」と答えている。

『象は象』、たしかに当たり前だけど、いろんなことに対して人は当たり前の見方ができないときがあるんだよなと、感心してしまった。

「ポリバケツの青木青兵」
この話は、藤枝静男の『田紳有楽』を読んでいるような愉快さがあった。
『田紳有楽』は池の底のグイ呑みの話であるが、「ポリバケツの青木青兵」はタイトルの通り、ポリバケツの話である。
これがなかなか人情味のあるポリバケツでおもしろい。

「ショウロ豚のルル」
「黒いダイヤ」と称されるほど珍重されるショウロを探す、ショウロ豚ルルは並はずれて優秀だった。
しかしルルは目が見えなかった。
ルルの飼い主のジジはボーっとしたたちで、男や子どもたちにからかわれていた。
そこに3頭のショウロ犬を引き連れて、男がやってきた。

この話の結末は童話というよりもおとぎ話のようで、愉快というわけではないのだけど、おもしろかった。

ほかにも「なぞタクシーのヤリ・ヘンムレン」や「似顔絵描きのローばあさん」や「旧街道のトマー」など、とにかくユニークな話がたくさんあるので、是非手に取ってみてほしい。

(TBさせてもらった記事)
→ 雪屋のロッスさん(まっしろな気持ち)
→ いしいしんじ【雪屋のロッスさん】(ぱんどら日記)
→ 雪屋のロッスさん      ~いしい しんじ~(My Favorite Books)


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『ぶらんこ乗り』

ぶらんこ乗り『ぶらんこ乗り』(新潮文庫)
著:いしいしんじ

「ぶらんこが上手で、うまく指を鳴らす男のこ。声が出せず、ひとりにおびえ、動物とはなしができる偏屈もの。つくりばなしの得意な、悪ふざけの天才。父さんと母さんの息子、おばあちゃんの孫、指の音の飼い主。もうここにはいない、私の弟。」(本文中より)
そんな弟のお姉ちゃんが、弟の書いたノートをめくりながら、自分と弟の軌跡をたどる。
読んでみると、鏡の迷路に迷いこんだみたいな感覚に陥った。期待と不安とが入り混じっていて、どこか不安定ででもしっかりしている、そんな不思議な感覚。
何ともいえない読後感を味わえる、せつないけれどあたたかい、そんな物語。
文章自体も独特な味があり、もしかしたら苦手という人もいるかもしれないけど、淡々としているので読みやすく、話に引き込まれてしまう。
「まっしろな気持ち」というblogで紹介されていた感想がとても素敵なので、よければそちらも読んでみてほしい。

→ ぶらんこ乗り (まっしろな気持ち)




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