もみじの本屋 2015年06月

『クローバー・レイン』

クローバー・レイン『クローバー・レイン』 (ポプラ文庫)
著:大崎梢

本書の主人公である彰彦は、千石社という老舗の大手出版社に勤める編集者である。
彰彦は、ある新人賞の贈呈式で自分が担当である家永という作家と久しぶりに会う。そして式の後、酒のまわった家永を開放し自宅まで送り届け、そこで「シロツメクサの頃」という家永の新作の原稿と出会う。
その原稿に感動した彰彦は、ぜひ自分に担当させてほしいと頼み込むのだが。

これまで順風満帆に仕事をしてきた彰彦は、勢いのない作家の原稿を出版するための苦労を知らなかった。輩編集者には
「……千石社にとって今現在の家永さんの原稿は―言い方はひどいけど、ノーサンキューなの。もう、言わせないでよ。この先ブレイクすることがあったら、改めて原稿依頼にうかがえばいい。残念だけど、うちは敷居の高い会社よ。それなりのクラスじゃなきゃ本は出せないわ(本文より)」
と、はっきりと忠告される。
それでも彰彦は、出版に向けて奔走しだすのだが。


編集者の仕事内容など全く知らなかったので、読んでいて新鮮であった。
また登場する人たちのキャラクターもたっているし、彰彦や家永、家永の娘、友人の河上などについて語られる背景も物語のエッセンスとして効いており、全体的に綺麗にまとめられている作品である。

これまで大崎梢の著作は『配達赤ずきん』から続く成風堂のシリーズと『片耳うさぎ』しか読んだことがなかったのだが、本作はそれらとはまた違った味わいがあり、いい意味で裏切られた作品であった。


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『イン・ザ・プール』

イン・ザ・プール『イン・ザ・プール』 (文春文庫)
著:奥田英朗 

伊良部総合病院の地下一階にある神経科。
ドアをノックすると中から響く「いらっしゃーい」という甲高い声。
ドアを開けると太った中年の医師。

この医師こそ本書から続くシリーズで暴走を続ける精神科医、伊良部一郎である。
そして、そのサポート役はスリットの入った白衣から太ももをのぞかせる茶髪の若い看護婦、マユミちゃん。

「ストレスの原因を探るとか、それを排除する工夫を練るとか、そういうの、ぼくはやんないから」

「ほら、最近よくテレビでカウンセラーが患者の悩みを聞いて励ましたりするシーンとかあるじゃない。ああいうの、何の役にも立たないことだから」

「カウンセリング?」「無駄だって。そういうの」

「生い立ちがどうだとか、性格がどうだとか、そういうやつでしょ。生い立ちも性格も治らないんだから、聞いてもしょうがないじゃん」
(本文より)

これは伊良部のセリフである。
そう伊良部はカウンセリングをしないのだ。

ただ、伊良部が言いたいことを言いたい放題言い、あとは興奮しながらビタミン剤を注射するだけ。
そんな伊良部のもとへと、さまざまな悩みを抱えた人たちが今日も訪れる。




(関連書籍)
空中ブランコ『空中ブランコ』
著:奥田英朗 (幻冬舎文庫)


町長選挙『町長選挙』
著:奥田英朗 (幻冬舎文庫)




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『絵描きの植田さん』

絵描きの植田さん『絵描きの植田さん』 (新潮文庫)
著:いしいしんじ 画:植田真

絵描きの植田さんは、火事で耳がほとんど聞こえなくなり、彼女も失った。
都会から遠く離れ、高原の一軒家にひっこした植田さん。

菜園をひとりで守るオシダさん、元スケート選手の定食屋のおかみさん、「向こう側」からやってきた林イルマ、メリ親子、いろいろな人たちと植田さんは触れ合っていく。

氷の張った湖でメリとスケートをしたり、オシダさんとメリと3人で奥山の沢の「ばけもの」を見に行ったり、ひっそりと守られてきた夜の火祭り、いろいろなことを植田さんは体験していく。

冬に凍り付いた雪が、ゆっくりと、だけど確実に溶けていく春の雪解けのような物語。
読んでいると、やさしく、やわらかく包んでくれる一冊。



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『おいしい水』

おいしい水『おいしい水』 (岩波書店;Cofee Books)
著:原田マハ 画:伊庭靖子

十九歳の私。
きらめく光のさなか、その瞬間を生きているなんて、ほんの少しも思わないほど、青く浅い春の日々を呼吸していた。

たった85ページの中につまった、一つの淡い青春の物語。
輸入雑貨の店でアルバイトをしている19歳の女の子がお気に入りのカフェで見かける一人の青年カメラマンに恋するお話。
神戸の雰囲気、阪急電車、写真、音楽、知っている人には鮮明にイメージが浮かぶアイテムが満載である。
そして伊庭靖子の絵も透明感があり美しい。

Cofee Booksということで、スタイリッシュにカフェでさらっと読み切るにはちょうどいい本。
しっかり読みたい人にはやや物足りないかもしれない。

私事ではあるが、以前読んだ本と同じタイトルだったのでやや警戒しつつ読んだのだが、なかなか楽しく読めて一安心した。



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