もみじの本屋 2015年09月

『魔王』

魔王『魔王』 (講談社文庫)
著:伊坂幸太郎

表題作の「魔王」とその5年後を描いた「呼吸」の2作品の収められている。

「魔王」では会社員の安藤という男が主人公で、両親を亡くして弟の潤也と暮らしている。
彼は「考えろ考えろ」と自分に言い聞かせる考察好きで、本人曰く「好き、というよりも、生きることは考察することだ、と大袈裟に言えばそう信じてもいる。」ということである。

日本はいま、上向きかけた景気が再び下がってしまい、溜め息と諦観に溢れかえっていた。
そんな日本に、断固たる姿勢で日本を引っ張っていこうとする未来党という小さな党の党首、犬養が注目されつつあった。
安藤はその犬養がムッソリーニと似ていると感じ、いずれはムッソリーニのような独裁政治が行われるようになることを危惧していた。

そんなある時、自分が念じれば、その相手に念じた言葉を言わせるという、自身の能力に気付く。
その能力と考えることを武器に、安藤は日本の大きな流れに一人立ち向かっていく。


「呼吸」の主人公は安藤の弟の潤也である。「魔王」のときに交際していた詩織と結婚し、仙台で住んでいた。
潤也はテレビやネットから離れ、猛禽類の定点調査の仕事をしている。
そして潤也もまた、かならずジャンケンに勝つという不思議な能力が自身にあることに気付くのだが。



読んでいて、作品の端々で読者に「考えろ」と訴えている気がした。
登場人物の友人や同僚との会話は、フィクションといいつつも現代社会と密接に関係しているテーマばかりである。

伊坂幸太郎にしては、ふわっとした、悪く言えば歯切れが悪い終わり方をしている。
しかし、この「呼吸」からさらに50年後を舞台にした『モダンタイムス』という作品がある。

もちろん主役は安藤兄弟ではないが、本作の登場人物が何人か脇役として登場し、接点がいろいろとある。
「呼吸」のあとの潤也に関しても触れられているので、歯切れが悪いと感じた方はそちらも読んでみるといいかもしれない。

個人的には、「呼吸」の終わり方も未来がいろいろと想像できて好きである。




(関連書籍)
モダンタイムスモダンタイムス『モダンタイムス 上・下』
著:伊坂幸太郎 (講談社文庫)


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『虎と月』

虎と月『虎と月』 (理論社)
著:柳広司 

学校の授業で読んだことがある人も多いである、中島敦の『山月記』。
その主人公である李徴の息子が本作の主人公。

中島敦の『山月記』は中国の『人虎伝』から構想を得ているという。
その『山月記』を繰り返し読み返しているうちに、いつの間にか生まれた物語が、本書の『虎と月』であると「あとがき」で著者は語っている。

「― 父は虎になった。」から始まる本書は、言ってしまえば『山月記』の後日談である。
母と二人で暮らしている主人公は14歳。

父、李徴に関する情報は下男が報告してきた「李徴様は、ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何かわけのわからないことを叫びながら、そのまま下に飛び降りて、闇の中に駆け出していかれました」という言葉。

それに陳郡の袁參(李徴の友人)という人から届いた、「嶺南の地に旅した帰り、山中で一匹の猛虎にでくわし、その虎こそが李徴の変わり果てた姿だった」という内容の手紙だけである。
また、その手紙には、父のものという漢詩も添えられていた。

父の血を引く「ぼく」もいつか虎になってしまうのだろうかという不安から、父がどうして虎になったのかを追い求める旅に出る。



『山月記』のややとっつきにくい文体とは違い、とても読みやすく、内容もわかりやすい。
謎解き要素あり、哲学的要素ありの物語。



(関連書籍)
李陵・山月記『李陵・山月記』
著:中島敦 (新潮文庫)







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