もみじの本屋 『ペンギンの憂鬱』

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『ペンギンの憂鬱』

うさぎパン『ペンギンの憂鬱』 (新潮クレストブックス)
著:アンドレイ・クルコフ 訳:沼野恭子

ウクライナの首都キエフで暮らす主人公のヴィクトルは、動物園から引きとったペンギンのミーシャと暮らす売れない短編小説家。短編小説の持ち込みをしたことをきっかけに新聞の追悼記事をあらかじめ書いておく仕事を始めるが……。

話が進むにつれ、ヴィクトルのもとには<ペンギンじゃないミーシャ>の娘のソーニャと、友人のセルゲイの姪のニーナとともに暮らすようになる。彼らの関係も微妙なバランスのうえで成りたっており、妙な不安定さを感じる。
常に恐怖がつきまとう日常、でもそれが淡々と淡々と描かれてゆく様子は、なんだかシュールレアリスムの絵画を見ている様だなと思った。

寺田順三の描いた表紙がとても可愛いく、おそらくソーニャとミーシャなのだろうが、とても微笑ましい。


以下は備忘録も兼ねて、本書より気になった箇所を何箇所か抜粋しておきたいと思う。



俺の世界は、俺自身とペンギンのミーシャとソーニャで成りたっているが、この小さな世界はあまりに脆くて、何かあっても、とてもじゃないが守りきれないように思う。しかも、それは武器を持っていないからでも、カラテの技を知らないからでもない。ぜんぜんそうじゃない。ただ俺たちの世界自体があまりに崩れやすいせいなんだ。本物の愛情もなければ、ひとつにまとまろうという意志もないし、女性もいない。ソーニャは身内でもなく一時的に預かってるだけの女の子だし、ペンギンはあろうことか、病気で憂鬱症ときている。しかもペンギンのやつ、冷凍魚をもらっても、お義理にも、犬みたいに尻尾を振って感謝の気持ちをあらわしたりしない……。


(ペンギンに対して)とくに強い愛着は感じていなかったものの、互いに依存しあっていることはわかっていたので、ほとんど親戚のような、愛情はなくても思いやりはあるという関係だった。親戚というのは、必ずしも愛する必要はないけれど、面倒を見たり気づかったりしなけらばならないものだ。でもこの場合、感情や心情なんて二の次で、どうでもいいこと。うまくやってさえいれば……。


未来なんて、前向きに突き進んでこそ手に入れられるもの。立ち止まって謎を解こうとしたり、人生の本質が変わったからといっていちいち考えこんだりしてはいられない。人生は道のようなもの。問題や困難を避けて「わき道」を進むなら、道は長くなる。道が長ければ、人生も長くなる。まさに結果よりもプロセスが大事なのだ。なぜなら、人生の最終的な結果というのはいつだって決まっている。「死」なのだから。



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